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2007/09/21

「シェイクスピアソナタ」(パルコ劇場)

9月20日夜観劇。

岩松了の戯曲は正直、わかりにくい。でもどこか魅力的なのだ。その構造を解明するのは難しいだろう。チェーホフ的なとらえどころのなさ、わざとらしさすら感じる詩的なセリフ、ギャグのセリフが唐突に混じり合う。そして、ある登場人物のセリフの表現が、別の場面の別の登場人物のセリフに混じり、お互いが共鳴する。

20日夜観劇。

岩松了の戯曲は正直、わかりにくい。でもどこか魅力的なのだ。その構造を解明するのは難しいだろう。チェーホフ的なとらえどころのなさ、わざとらしさすら感じる詩的なセリフ、ギャグのセリフが唐突に混じり合う。そして、ある登場人物のセリフの表現が、別の場面の別の登場人物のセリフに混じり、お互いが共鳴する。

松本幸四郎がパルコ劇場で続けている「シアターナインス」シリーズ。今回の芝居はシェイクスピアの四大悲劇が背景にあり、その世界も反映し、より複雑に言葉が交響している。とはいえ、ストーリーは、地方を回るシェイクスピア劇団の話。松本幸四郎が座長で、亡くなった妻の実家である日本海側のどこかの酒造の二階が楽屋となっている。そこが舞台で、若い後妻(緒川たまき)や、酒造を預かる専務(高橋克美)とその妻(伊藤欄)、劇団員たち(豊原功輔、松本紀保、岩松了)、やはり劇団員の座長の息子(長谷川博巳)たちの人間模様。

どっしりした日本家屋の太い梁やときおり風向きによって聞こえる潮騒など雰囲気も好みだった。シェイクスピア劇だけで地方をまわる劇団が存立するのか、とか、夜中についた会長のために夜中から明け方まで「リア王」が上演されるなど、現実的でない設定もなぜか許してしまいたくなる。

それにしても階下までやってきながら最後まで姿を現さなかった「会長」(座長の亡くなった妻の父)は何だったのだろう。「きみちゃん」と呼ばれる酒造の職員?も言及されるだけの存在だった。最後まで出張先から帰ってこないのなら、この会長は「ゴドー待ち」の「ゴドー」なのだな、と思ったのだが・・・一応階下までは現れる。とても象徴的だ。

シェイクスピア、チェーホフ、ベケット、演劇史の巨人たちの世界を彷彿とさせながら、日本的な地方の雰囲気。ついにストーリーはとらえどころがなかったが、2時間40分(休憩20分)、興味深く観た。

緒川たまき、舞台ではあまり見ない人だが花があり、セリフも通った。伊藤欄も達者。松本紀保との親子共演がさりげなく入っているのも面白い。幸四郎は演技は平均点としてもこの年になって、こういう現代演劇に取り組むという姿勢は評価できるなあと改めて思う。

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