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2006/03/17

東京国際芸術祭リージョナルシアター・シリーズを観る

東京国際芸術祭のリージョナルシアターシリーズは2作品だけ観るつもりでいたのだけれど、急に時間がとれたりして、なぜか4作品全部観てしまった。こうして地方の劇団を集めてみるとそれぞれの個性の比較が本当に面白い。ただ、最後に観た〈飛ぶ劇場〉は別格であった。「IRON」はすごく完成度が高いし、独自の世界を作り出しているし役者もこなれている。期待はしていたがやはり面白かった。

「IRON」は、長崎県と朝鮮半島の間に浮かぶ架空の孤島が舞台で、戦後のどさくさにまぎれて日本から独立して北朝鮮ばりの全体主義国家となったという設定。かつて鉄鉱石の輸出で栄えたが、すでに衰退して国民は貧困に喘いでいる。卓球選手として普通の市民よりよい待遇で暮らせている若者たちだが、日本への脱出を求めて波乱が起きる。

その島に伝わるという竜と戦う英雄の伝説をからませ、不思議な味わいで物語は進んでいるが、ひどく現実感もあり、彼らの不安や焦燥が実感として伝わってくるのはそれぞれのキャラクターの作り込みと役者の力であろうか。最後までひきこまれて観ることができた。再演を繰り返している作品のようで、クナウカの宮城聰氏の演出で上演されたこともあるようだ。上演を重ねて、それだけ完成度が高くなってきているということだろう。

この作品は“あの国”を批判し告発するというようなことが主眼ではなく、むしろ、過疎化する日本の地方の悲しさ、産業が衰退した地方の、ありえたかもしれない、もう一つの現在を感じさせるところを持っている。(最初の発想は逆に、「鉄冷え」しなかった北九州の未来図だったという作者によるパンフの記述からもそれがわかる。)その意味でどこかずしっと応えるところがあるのだ。そして主眼ではないとしたけれども、やはり“あの国”の人々のことも考えざるを得ないのである。その二重性と連続性のなかにこの作品の個性がある。

舞台を丸く囲む部屋のドアとも、殺風景な家並みともとれる不思議なセットや、人形劇や仮面劇を取り入れた民話の場面も印象的だ。

さて、他の3作品だが、私にはなんだか日本現代小劇場史のパロディーを観ているような気になった。最初に観た大阪の劇団、〈Ugly Duckling〉の「改訂版さっちゃん」は、主演女優の雰囲気、冒頭部で色とりどりのビニール傘をぱっと開いた演出は60年代のアングラ劇風を思わせた。公園の浮浪者テントからテント芝居への回想といった入れ子型の物語は、唐十郎のテント芝居へのノスタルジアではないか。「秘密の花園」のように過去へのノスタルジアそのものが唐芝居のテーマにもよく出てくる。そういった意味では二重のノスタルジアだ。あるいはごちゃっと、たくさんのモノを並べた舞台は、初期の夢の遊眠社の雰囲気もあるのかもしれない。(最近の野田地図上演「贋作・罪と罰」で使用されていたカーテン演出とどこか似ている演出もあった。)

ただ、唐や野田にあっためくるめく詩的言語のきらめきやエキセントリックな役者の身体はここにはない。そのことが難解な内容を難解なままに、快楽に転換させていないのは残念だ。せめて昨年新国立劇場で観た「劇団★唐ゼミ」の役者くらい登場人物たちにははじけてほしかった。市民課のお兄ちゃんは、「黒いチューリップ」の「さわやか君」であってくれたらよかったのに。

続いての仙台の劇団〈現代時報〉の「親密なる他人」は劇団初期の作品のようだ。これはまさに「静かな演劇」、平田オリザの作風ではないか。大学の「わらけん(お笑い研究会)」の部室に現れる学生たち、語られるが前景化しないいくつかの物語、なんとなく余韻のままに終わっていく終末。もちろん、お笑いのネタが入っていたり、役者の個性が強調されていたり、独自の部分はあるし、逆に平田の劇が持っている社会への問題意識のような広がりとは無縁である。7〜8年前の劇団旗揚げ時期の作品の再演なので、最近のこの劇団がどんなふうに展開しているのか、それが気になった。

そして、札幌の〈SKグループ〉「再演A。」は、少年期のトラウマが次第にあきらかにされていくという作風と、やけに暖かい観客(固定客?)の感情的な反応(日曜とはいえ他の作品に比べてもかなりの入りだった)。カーテンコールでの挿入曲提供グループのライブなど、いかにも交流しましょう、という雰囲気など、最近では同じ札幌のTEAM-NACSや「キャラメルボックス」、そして往年の「第三舞台」の雰囲気に近いのではないかと思う。

冒頭で笑いをとって、次第にシリアスな内面に切り込んでいくという目論見の作品なのだと思うが、最初の笑いの部分が洗練されておらず、いきおいのみで笑いをとろうとしてしまっていたのは残念。地元ではもう少し受けているのかもしれないが、東京ではさすがにきびしい。次第にシリアスに移っていき、実は複数の登場人物たちが、多重人格化した一人の少女の内面であることがわかってくるところは、作者の手腕にうならされ、いっきに引き込まれた。

ただこうしたトラウマを提示するためにだけ、少年犯罪者を収容する架空の精神病院という設定をもってきたあたり、そして最後に訪問者であったはずの語り手たる「おじさん」が少女の父であってやはり多重人格であったというあたりはうまいが多少強引であり、そういう点でも鴻上尚史の作風の亜流とも感じた。

これらの3作品は、いずれも丁寧に作られていて、それなりに質の高いものだが、以上のように、どこか、なにかに似ているな、というだけで終わりかけてしまいかねないところがある。そのなかでは〈Ugly Duckling〉が多少独自性を出していると思うが、作家・演出家は出演をさけて、そちらに専念した方がよいのではないだろうか。今一歩、響いてくるものが何か欲しい。

全体としては今年のこのシリーズは平均点前後をとれる劇団を集めており、また丁寧な手腕がそれぞれの劇団に感じられて好感を持った。
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東京国際芸術祭リージョナルシアター・シリーズ

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99年初演作品の再演、本日千秋楽。 昨年10月の[http://www.kitakyushu-performingartscenter.or.jp/ 北九州芸術劇場]での公演からスタートしたツアーの大楽である。 わたしは[http://www.tobugeki.com/pc/ 飛ぶ劇場]は[http://anj.or.jp/tif_2005/program/tobu.php 「Red Room Radio」]に続いて二度目の観劇。 太平洋戦争後、日本から独立した島国「糧流(かてる)」。..... [続きを読む]

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