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2006/02/12

地点『Jericho』

開演10分前の開場とともに客席につくと、舞台前方やや下手よりに白い帽子と白いワンピースドレスのような服の女性が、小さな机のような台の上に座り証明を浴びている。後方には全身包帯に覆われた男性が薄明かりを背景に立ち尽くしている。チラシに掲載されている写真通りの状態である。開演までの間、彼らは微動だにしない。呼吸さえも読み取れずまるで美しいオブジェかなにかのようだ(後に見た「沈黙と光」も同様の開演形態をとっていた)。

観劇日 1月19日(木) 20:00開演
上演時間 1時間10分程度
シアタートラム「地点 第10回公演」

エルサレムから死海沿岸の町エリコに向かう途上。ワルシャワ出身のユダヤ系ポーランド人と思われる女性は、夫をなくし、たった一人の身内となった妹の住む町エリコに赴こうとしている。女は廃屋のような場所で重傷の男に出会い、介抱するのだが、その男はやがて、女のなくなった夫として語り始める。女はそれに応え、二人の会話によって生前の生活や愛憎が語られていく。

舞台では内容に即した演技はほとんど行われない。男を女が介抱する場面でも、冒頭の状態のまま、女が滔々とセリフを語るのみである。その女のセリフは独特の無機質な抑揚によって語られ、感情移入はおろか意味を追うのさえ厳しい。男の役者はフランス人であり、その日本語の発音はたどたどしい典型的な「ガイジン」の日本語である(たいへん聞き取りやすい発音ではあったが)。こうして、いわゆる写実的な自然さを排除された作品は、死者の旅人への顕現という夢幻能の構造とあいまって、象徴的な舞台空間を作り出している。

やがて、役者たちは動き、仕草をなし、演じてはいくが、それらもすべて能の所作のごとく象徴的で間接的なものである。夢幻能だけではない。そこにはさまざまな宗教的、歴史的象徴が明滅するのだ。背景のスクリーンに時折映し出される新約聖書ヨハネ伝から(と思われる)キリストのことばは、予言めいて終末の雰囲気を醸し出す。(目を覚ましていなさい。おまえたちはその時がいつであるか知ることはできないのだから)

女が胸元からパンをいくつも出すシーンや、男が女の足を洗うシーンは、群衆のためにパンを増やしたキリストの奇跡や、愛を教えるために弟子の足を洗ったエピソードを彷彿とさせる。包帯にまかれた男はそのままでキリストが死者の中からよみがえらせたといわれるラザロの姿そのものではないか。かと思えば争いのために女の額についた傷は、女の容貌を端正な仏像のように見せる。

最終部の「屋根裏に髪の毛が満ちる」と語られたワルシャワの夢の記憶?は強制収容所へ送られたユダヤ人の歴史体験が暗示されているのであろう。ストーリーのコアは、ある夫婦のプライベートな関係、いわば「痴話げんか」の類でありながら、そこには、現在と歴史、宗教と文化が幾重にも重なっているといえる。日常的、個的な空間もまた多くの縦糸と横糸によって織りなされた世界のなかの一点であることを思い出させてくれる。そう考えると、この作品がパレスティナ、そして「エリコ」という「地点」を舞台とした意味についてはさらに深い考察が必要になるだろう。

上演後に知り合いの方に紹介してもらって制作の方にほんの少しだけお話をうかがえたのだが、今回の「Jericho」は初演のものとは違い、その後の改作を経て、作者の松田正隆氏が三浦基氏の前半部の演出をふまえながら後半部をさらに書いた(書き直された?)ということであった(やや記憶があいまい。)。「沈黙と光」が長い戯曲を断片的に再構成し、ストーリーもわかりにくくさせているのに対して、「Jericho」はすっきりとして、戯曲(会場で販売)の言葉通りの上演となっていたのは、そうした二人の共同作業的な作品という意味もあるのだろう。松田氏の戯曲がキリスト教的なイメージにあふれているのは納得できるのだが、演出の細部にまでキリスト教的な象徴が組み入れられていたことから、三浦氏の戯曲理解の深さも相当なものだと感じ入った次第である。
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「地点」第10回公演 松田正隆戯曲2本立て「Jericho/沈黙と光」
東京公演 1月19日(木)〜29日(日)
シアタートラム

「Jericho」
作:松田正隆
演出:三浦基
出演:内田淳子 Pierre CARNIAUX (ピエール・カルニオ)

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