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2005/11/16

チェルフィッチュ『目的地』

今年「三月の5日間」で岸田戯曲賞を受賞した、岡田利規率いる「チェルフィッチュ」。その「超口語演劇」とやらはぜひ観ておかなければならない。そんな気持ちで出かけて行った。「チェルフィッチュ」初見である。

観劇日 11月12日(土) 18:00開演
上演時間 約1時間40分(休憩なし)
こまばアゴラ劇場

まっさらな舞台には椅子が一脚置かれている。背景には大きなスクリーン。ここにひとりの女性が立ち現れて、日常会話のトーンで客席に向かって話し始める。それは知り合いの前田さんという人の話で、、と始まるそれは要領を得ない繰り返しの多いいわゆる若者風の言葉遣いだ。そういう会話をする時によく無意識にとっている仕草が、やや誇張されたかたちで付随する。ああ、いるいる、こんな風な動作をしながらしゃべっているヤツ。。とその模倣を面白く思いながら内容を追おうとする。いっこうに要領を得ないながら、話はちゃんと進んで行く。

妊娠を心配する前田さんが彼(イス君と呼ばれる)に相談し、イス君は先輩で既に結婚している宮崎さん(だったかな)に相談する。しかしその事件の結末は語られず、物語はその先輩夫婦が捨てネコをひきとろうか迷うが妻の妊娠がわかったためそれをあきらめる、という話になっていく。それぞれの登場人物にあたる俳優が次々と現れて同じようなトーンで仕草つきの会話を続けていく。バックのスクリーンには、夫婦の住む「港北ニュータウン」の計画段階からの歴史が横書きの字幕でずっと表示されて行く。字幕にはまったく関係なく、脱力したような会話は続く。

途中で少し疲れた。会話から物語を読み取ろうとしすぎるとつらくなる。途中から、モードを切り替えて、背景の字幕を読みながら、こちらもまったりとした気分で会話や仕草を聞いた、あるいは聞き流した。するとそこに立ち現れてくるのは、どこまでが誰の内面なのか、不鮮明に混じり合っている不可思議な空間であった。そこにいるのは役者なのか、役者の演じる人物なのか、あるいは伝聞で語られている人物なのか。妻が妄想する浮気相手?は実在するのか?猫たちの内面は妻が想像したものなのか?いや、もともと演劇なのだからすべては虚構なのだが。そうした境界線の不分明な空間を享受しているうちに1時間40分が過ぎて行く。終わるとなぜか不思議な爽快感が訪れる。ドラマを見た、という気がしてくる。

なぜだろうか。今回からの試みであるというスクリーンの字幕の存在であろうか。スクリーンは大枠の「港北ニュータウン」の物語を語り続けている。その大きな「物語」のなかに小さな日常が棲息している。その棲息している人間やネコの断片的な物語がある。それは語り手が誰か、誰が演じているのか、誰の妄想なのか、わからないような言葉の渦だ。しかしそこには生物的な生殖の匂いが濃厚に漂っている。中盤終わりあたり、夫が妻の浮気相手ではないかと妄想する妻の知り合いが現れ、日本が戦争をしている(イラク派兵のことを指しているのか?)時に子供を産むという行為は人殺しと同じだ、という強引な理屈を妻に押し付けるあたりに強度があり、またネコたち同士の会話も現れるところにユーモアがある。

1時間40分。ときどき苦痛だがそれでもこの言語空間にいることが何かふわっとした浮遊感に満たされていて、不思議と快感であったりもするのだ。

チェルフィッチュ 『目的地』
作・演出:岡田利規
出演:岩本えり 下西啓正 瀧川英次 トチアキタイヨウ 難波幸太 松村翔子 山中隆次郎 山縣太一

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