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2005/07/20

『新編・吾輩は猫である』(シスカンパニー公演・シアタートラム)

この作品は、「吾輩は猫である」が中心というより、現実の夏目漱石と鏡子夫人の関係が基本にあり、前半は「猫」の世界、後半は「夢十夜」の世界がエッセンスとして挿入される。「猫」は物理学者寒月君の恋愛と結婚のエピソード。「夢十夜」は「第一夜」と「第十夜」が素材である。わかりやすい話なので予習の必要はないかもしれないが、「青空文庫」にもあるので読んでおいて楽しむという方法もあるだろう。

観劇日 7月17日(日) 14:00開演
上演時間 約1時間50分(休憩なし)

シスカンパニーの宮本研作品を観るのは、昨年だったか『美しきものの伝説』に続いて二回目。前回は、元「夢の遊眠社」の役者さんがたくさん出演され豪華だった割に、大正期のイデオロギーが現在に伝わりにくく、それに殉じていった青年群像も遠い存在のように思えた。今回はさらに古い明治末期の作家の話だが、夫婦関係というむしろ普遍的なものを中心としていることもあり、親しみやすかった。

演出の井上尊晶氏は、蜷川カンパニーの演出助手を務めていた方らしく、どこか美的感覚に通じるところがあるように思えた。シアタートラムの小空間を、さらに縁側に模した細長い板の台で処理したシンプルさには好感が持てる。前半は、横に長く、この縁側があり、後ろには屏風が立てられて、背景を表現する。現実の世界の時は背景は地味な障子、「猫」の世界になると背景は派手になる。舞台脇や上方はむき出しの鉄パイプで処理されているが荒涼とした感じは不思議になくむしろ幻想的な場面では生きてくる。

前半では「猫」(高橋一生)が語り手として登場し、縁側の下に潜り込んだりして物語を見守る。夫婦の子細な口げんかも、まだこの時点ではコミカルな味わいもあり、挿入される「猫」のシーンでは、デフォルメされた苦沙弥(漱石と二役、高橋克美)、その細君(鏡子と二役、小林聡美)、寒月(坂田聡)、迷亭(山崎一)らがドタバタを繰り広げる。だがドタバタのなかにも、寒月の恋愛と結婚のギャップという作品テーマにかかわる問題が苦味を効かせている。史実としては数回顔を合わせたに過ぎないであろう、二葉亭四迷もしばしば漱石邸を訪れ、番台に美しい娘がいるという湯に漱石を誘う。

やがて、猫は死に、帝大講師から職業作家となった漱石は千駄木から西片町、さらに早稲田へと転居している。舞台の板台は逆T字型になっており、舞台奥からの出入りが主となる。籐の椅子が置かれ、作家の居間といった情景。夫婦の会話は深刻化しており、離縁するしないの話になったり、熊本時代の鏡子の投身騒ぎの話が蒸し返されたりする。どこか先日観た『死の棘』に通じるところもあり、相手を責め、自嘲しながらも、相手を求めるアンヴィバレントな真情が伝わってくるのだ。漱石は胃を病んでいる。

挿入される「夢十夜」のエピソードは、原作の持つ幻想的な部分を受け継ぎながらも、百合や豚など登場する小道具が紙芝居のような平面に書かれたものが使われ、あくまで紙に書かれた作品世界の話であるという「軽み」を強調している。これは、「夢十夜」の持つ幻想性をかなり減じてはいるが、現実の夫婦の会話の深刻さとバランスをとるための処理であろうか。

この夢のシーンで、「百年待っていて欲しい」と死んでいく女、そして金魚(原作では水菓子=果物である)を庄太郎に運ばせる女を鏡子役の小林聡美が演じるが、この解釈には違和感を感じた。漱石の夢の女は、劇中にも言及されるが、妻の鏡子ではなく、むしろ結婚前に心を寄せたであろう幾人かの女性像の複合体であろう。これは、劇作のほうの問題である。あえて、劇作家は、「漱石は妻の中にも<永遠の女性>をみていたのだ」と主張しているのかもしれない。二葉亭のセリフとして出てくる「森(鴎外)さんも二度(再婚したの意)、私も二度。しかし夏目さんはずっとあなたお一人を守り続けておられる。そこのところを考えてはいただけないか」という言葉に作家は思いをこめているようだ。

唐突にも楽天的に終わっていく(と思える)結末。訪れた留学生周樹人(のちの魯迅、高橋一生)に、漱石は希望を見出した、ということであろうか。しかし皮肉にも、最後にふたたび猫が現れ、漱石の死が近いこと、妻が長生きをするだろうことを告げる。

他の役者さんもよいが、やはり中心となる高橋克美と小林聡美の会話がいかにも気が合わないなりに連れ添ってきた夫婦らしく、気難しく、おかしみもあってよい。このやりとりを聞けただけでも価値のある時間だと思った。今回の作品の選定、演出家の起用は正解である。

シスカンパニー『新編・我輩は猫である』

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