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2005/07/29

『NINAGAWA十二夜』(歌舞伎座・七月大歌舞伎)

関東地方への台風来襲が予報された夕、帰宅の足を心配しながら、東銀座に向かった。結果、風雨はあまり大事にならずにすんだのは助かった。もちろん歌舞伎座の中は快適で、蜷川幸雄の初歌舞伎演出作品としてのシェイクスピア喜劇を楽しむことができた。それにしても昼夜二回、4時間半の上演を一ヶ月近く繰り返すのだから、歌舞伎役者の体力は驚くべきものだ。激しい動きはないというものの、疲れを見せる人もいない。

観劇日 7月26日(火)16:30開演(夜の部)
上演時間 4時間30分(30分・20分の幕間含む)

鏡張りの背景に、書割でない満開の桜、チェンバロの傍らに立つ童子が歌う賛美歌という幕開け。あるいは大団円の織笛姫の屋敷の白百合の咲き誇る庭園にかけられた朱塗りの橋など、蜷川らしい美意識の舞台である。

菊之助が美しい。双子の兄妹の二役を早替わりで、さらに妹の琵琶姫は男装して獅子丸となるのだから、都合三役。ほとんどが男装の獅子丸としての登場だが、感情が高ぶると女性らしき声色に戻ってしまうというところがうまく、笑いを誘う。菊五郎も二役。こちらも「阿呆=Fool」の捨助と、堅物で権威主義的なため、周囲にだまされいたぶられてしまう織笛姫の側近、丸尾坊太夫の早替りも対照的な役柄のためとても楽しい。そのほか織笛姫の時蔵、腰元麻阿の亀治郎が印象的だった。

野田歌舞伎や串田歌舞伎に比べて、歌舞伎らしい歌舞伎にしあがった、という見方もあるようだが、むしろ、私は、これをシェイクスピア劇のかなり忠実な歌舞伎へのアダプテーションであり、その結果、歌舞伎とシェイクスピアの共通点よりも、違いが明確に浮かび上がった舞台ではないかと感じた。

4時間にもおよぶ上演で物語の最初から最後まで語り尽くすのだから、これはいわば歌舞伎で言えば通し狂言である。しかし考えてみれば、シェイクスピア劇は通し以外の上演はありえない。それに対して、歌舞伎であれば、一幕のみの上演もありえる。いわば名場面として幕を独立させ、そこで舞台を完結させるだけの様式をもっているといえよう。お決まりの動き・セリフ、そして見得を切れば拍手喝采である。

それに対して、やはりシェイクスピアはセリフ劇の様相が強く、言葉と物語で押していくため、(今回の『十二夜』でも、「言葉」が嘘をつく=虚構性ということが、劇中にもテーマとなって現れてくるくらい、シェイクスピアにとって「言葉」は大きい。だからセリフは膨大になる。今回は小田島雄志の翻訳をもとに今井豊茂が脚本を書いたが、かなり苦心されたのだろう、伝統的な歌舞伎のセリフに非常に近づけて、なおかつ翻訳にもかなり忠実な脚本だったと思う。いわば、翻案・脚色のあまり入らない脚本だ。

それゆえ、いかにも歌舞伎座で上演されたシェイクスピア劇、という印象が強い。その反面、様式美的な部分は少なく、おおげさに見得を切るところもないので、大向こうも声がけが難しそうだった。また歌舞伎にはない暗転も意外に多い。まわり舞台を多用して場面転換に生かしてはいるが、暗転の使用は間延びする感がいなめない。

もう少し厳しくつっこむと文化コードの問題もうまく処理されてはいない。冒頭の場面から時代を考えるならばキリシタンが入ってきた16~17世紀、まさにシェイクスピアと歌舞伎発祥の時代なのだが、シェイクスピアの登場人物たちが貴族なので、脚本は公家の話となっている。しかし日本の17世紀初頭はもちろん戦国に終わりを告げた徳川幕府成立の時代。武家の世の中である。もちろん公家も存在しているわけだが、このように領地を持ち、地方を治めていたとはいえないだろう。むしろ貴族政治の世の中だった平安期くらいの物語に思えてくる(「北面の武士」などというセリフもあったように思う。これはまさに貴族の屋敷を守る武士の成立期の呼び名であろう。)。また、「阿呆」と訳していたが、Foolの存在は日本にはないので、こればかりは非常に難しい。

もちろん全体的には、とてもよく作られていて、感心する場面も多く、特に役者さんたちはみなどこかりりしく上品な身のこなしで清涼感があった。ただ、どうしても歌舞伎座で蜷川演出のシェイクスピアを観たのであって、何か新しいことが起こっている、という驚きや期待感がなかったといったら言いすぎであろうか。

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