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2005/05/29

『まちがいの狂言』(世田谷パブリックシアター)

シェイクスピアの『間違いの喜劇』を狂言の世界に置き換えて作られた野村萬斎演出の再演。子ども向けテレビ番組の「ややこしや」で有名になった。こちらも美術は堀尾幸雄さんだ。まったく知らなかったのだがちょうどアフタートークのある日にあたり、そこで萬斎氏が舞台美術や演出プランについて、語るのを聞けたのは収穫だった。

観劇日:5月16日(月)19:00開演
上演時間役1時間40分

実に楽しい一時だった。ロビーの床にもいつもと違う、模様のシールが貼ってあるし、客席への入り口にはのれんが下がっている。それをくぐって中に入ろうとすると狂言装束に怪しい黒い面(原作のエフェソス=黒草の国はアラブ系のイメージだそうだ)の者に「ややこしや」と声をかけられて思わずぎょっとする。見知らぬ土地に入り込んだ「白草」出身の登場人物たちの気分にさせてくれる。座席に座って見回せば客席には至るところにこの「黒草」の「ややこしや」語を話す連中が客にちょっかいを出している。天井の梁に近いところにも(人形だろうか)見下ろしている連中がいる。

狂言に少しでも親しんだ者なら、いつも出てくる決まり文句が、シェイクスピアの物語の中に出てくるのが面白い。最も、シラキュースとエフェソスという双子がそれぞれに暮らしていた国は、「白草)しらくさ)」と「黒草」という国になり、瀬戸内海のどこかにあるという設定。生き別れになった双子(従者である太郎冠者も双子)が敵対するそれぞれの国で暮らすが、ついに黒草の国で遭遇する。まわりの人々は混乱し、二組の双子である本人たちも訳が分からずアイデンティティが揺らいでしまう。どたばたの末、ついに全てが明らかになり大団円。しかし、ペアになって退場していく登場人物たちの最後に一人残った「白草」の太郎冠者(萬斎)は、面と自分の顔を並べて見せ、「一人が二人で、二人が一人・・・ややこしや」とひとりごつ。

アフタートークではここをどのよに解釈してもよい、と萬斎師は言っていたが、自分には役者存在・あるいは演劇の構造を象徴的に指摘していたのだととった。これを含めて、故・高橋康也氏の高い教養がなければこの作はなりたたなかっただろうと思わせる。その他、アフタートークでは、ゲストのテレビプロデューサー、おちまさと氏の感激度の高さ(二月の『狂言劇場』で初めて狂言に触れ面白さにハマった、とのこと)が印象的だった。萬斎師は純粋に狂言だけの要素で作り上げたのではなく、現代劇や芸能から取り入れた場面転換の早さや、コミカルな言い回しなどもあると指摘し、「ウルトラセブンも全員集合も自分のなかに生きている」という意味のことを言われ、これも印象的だった。

さらに質問に答えて、堀尾幸雄氏の舞台美術(今月観てよかった芝居の美術は堀尾さんばっかり!)に込められた深い意味合いを解説してくれた。出幕にあしらわれた、おたまじゃくしは精子であり、綱の形状は子宮を表現するとともに二本のへその緒でもあるという。舞台装置に緻密に込められた象徴性に、おち氏も驚嘆されていた。興味深い話を聞けて得をした気持ちで仕事の疲れもふっとんだのであった。

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