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2005/04/17

『KITCHEN』(シアターコクーン)

今年4作上演されるというNINAGAWA VS.COCOONシリーズの二作目。50年代の「怒れる若者」を描いたというアーノルド・ウェスカーの出世作。以前は『調理場』の邦題で上演されていたようだ。二月の『将門』に続いて蜷川氏の出発点に関わる作品といえるのだろう。若手の舞台男優をこれでもかと集めたキャスティングにはどうも抵抗があり、大枚を払いたくなくて二階席のチケットをとった。

観劇日 4月15日(金) 19:00開演
上演時間 約2時間30分(20分間の休憩含む)

対面舞台で、文字通り調理場のセットが真ん中の舞台に。二階席だと舞台全体の配置が見える点では正解だ。これでオペラグラスがあればかなり楽しめただろう。早く買わねば・・・。しかし、個々の俳優の表情や、特に、料理の動作がすべてマイムで表現されているため、そのあたりの細かい面白さは観ることができなかった。なかにはまったくセリフがなく、最初から最後までじゃがいもの皮をむく少年の役もある。セリフはなくても、常にこうした調理の動作を、舞台にいるすべての役者が行っているのも見物だ。

1950年代のロンドンのどこかのレストラン「チボリ」は決して高級レストランという訳ではないようだ。厨房には、いわゆる労働者階級であろう、さまざまな人種のコックやウエイトレスなど働き手が集まっている。イギリス人、ユダヤ人の他、ドイツ、アイルランド、フランス、イタリア、キプロスなど。差別的な発言やいざこざも耐えない。給料はよいようだが、多人数の食事を一時に作るため、仕事は過激だ。一部終了間際のランチタイムの騒然さは想像を絶する迫力で、とても面白かった。

総勢33人の出演者という群像劇だが、もっとも中心となるのは、いつもいらいらとして喧嘩っ早いドイツ人ペーター。昨夜も同僚と喧嘩を起こし、そのことが尾を引いている。夫と分かれられない年上の恋人モニック(ウェイトレス)との関係もぎくしゃくしてしまう。

現在の感覚で観ると、ペーターの怒りやいらいらが、単なるキレやすい乱暴な若者、という気がしてしまうが、やはりこれは階級のはっきりしたイギリスの労働者階級の働き場所、というのがまずあって、さらにそこに様々な民族差別が入ってきているということもあるのだろう。特にペーターはドイツ人なのだから、第二次大戦でナチスが悪事を働いた敗戦国のイメージがまだ強かったと考えられ、かたみの狭い状態だったのではないか。だからこそ午後の休憩時間にモップやバケツでつくったアーチに、赤黄黒のタオルでドイツ国旗を模し、国の歌を歌うという行為が、悲しい自己主張でもあるのだろう。

アイリッシュにしろキプロス人にしろ、移民生活の厳しさを背負ってこの調理場にいるといえる(英語以外のセリフは原語で語られ、字幕に翻訳が出る)。あるいは菓子職人のポール(彼はイギリス人らしいが)は、隣人のバス運転手を友人と思っていたのに、自分がデモに参加してバスが走れなかったという理由で、嫌われた、と語る。社会運動への無理解、隣人とのディスコミュニケーション。そうした時代の雰囲気が少しずつ感じられてくると、少しはこの「怒れる若者」の気持ちも推察されてくる。

同僚たちに夢を語れ、と強要するペーター。しかし、おまえの夢は?と聞き返されると何も答えられない。夢を語れないいらだち。これは現実の制約の重さが、夢見ることを許さない、ということなのだろうか。

それにしても、ふと気づけばこうした西洋人の中の多文化多民族の集まりを、東洋人(日本人)が演じていることの不可思議さ、奇妙さ。考えてみればこの調理場には、黒人も東洋人もトルコ人もアラビア人もいないのだ。それらはまだ当時のロンドンの現実の中にも姿を見せていなかったのだろうけれど。調理場を国連に喩えるセリフがあったが、あの中でも、常任理事国が列挙されながら中国は言及されないし、敗戦国のドイツは言及されても日本は出てこない。まったく埒外なのだ。そういう時代の話なのだ。

俳優の中では、ポール役の高橋洋は二階席まで声が通り情感を伝えることができ、きわだっていた。蜷川芝居では欠かせない存在になっている。モニックの杉田かおるはバラエティのイメージが強いが、芸歴が長いだけあって、そつなく役を作り、こなしていた。主役の成宮君は評価のわかれるところかもしれない。可もなく不可もなし、といったくらいか、もちろんいつも頑張りは伝わってくるのだが。さらなる飛躍を期待したい。オーナーのマランゴ役の品川徹さんは最後の修羅場での迫力がすごかった。あれで芝居がしっかりとひきしまって閉じた感じ。若者の怒りをまったく理解できない老人のうめき、といったものをよく出していた。

ウエイトレスたちは出たり引っ込んだりだが、やはりきれいどころは眼福だ。それぞれに個性的で、ひさしぶりに観た魏涼子さんもよかった。照明なども面白く、蜷川氏らしい美的センスは健在。期待していたよりは面白く見られた芝居だったといえる。蜷川氏は5月もコクーンで『メディア』、7月は歌舞伎座の演出(『十二夜』をもとにしたものらしい)、秋には『天保十二年のシェイクスピア』、といずれも期待したい。そうそう、6月はさいたまで『近代能楽集』だ。
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『KITCHEN』(シアターコクーン)
2005年4月5日(火)〜24日(日)
観劇日 4月15日(金) 19:00開演
上演時間 約2時間30分(20分間の休憩含む)

作:アーノルド・ウェスカー
改訳:小田島雄志
演出:蜷川幸雄
美術:中越司
照明:原田保
音響:井上正弘
舞台監督:芳谷研

出演:成宮寛貴 勝地涼 高橋洋 須賀貴匡 長谷川博己 杉田かおる 品川徹 大石継太 鴻上尚史 津嘉山正種 他

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