« 『ホテルグランドアジア』(アジア現代演劇コラボレーション・プロジェクト) | トップページ | フォルクスビューネ『終着駅アメリカ』 »

2005/03/20

ファミリア・プロダクション『ジュヌンー狂気』

体調不十分な状況で観たのにも関わらず(だからこそ?)即日、短報をあげるほど、心打たれるものがあった演劇である。「すごいものを観た。」いまだにその感慨は消えない。

観劇日 3月18日(金) 19:30開演 G列
上演時間 約2時間25分程度(休憩なし)

現在アラブ演劇の最高峰と評されるチュニジアの演出家ファーデル・ジャイビ氏(チラシによる)の率いるカンパニー「ファミリア・プロダクション」のアジア初演作。統合失調症(以前は精神分裂症と呼ばれた)の25才の青年ヌンと精神療法医の女性との15年にわたる対話の記録をもとに作られたという。脚本家でありジャイビ氏の妻であるジャリラ・バッカール氏が精神療法医役で出演もしている。

詳しいストーリーや背景、分析などは「東京国際芸術祭」ページの「劇評通信」にアップされた劇評を参照するとよくわかるが、こういうことをほとんど知らず、ただ、チュニジアの、統合失調症の青年の物語、というだけで見始めた。

最初のシーンから印象的。5人の女性と3人の男性が一列に並んでいる。舞台には両わきのスタンドマイク以外何もない。しばらくの間、無言で何も起こらない。時間が止まっているかのようである。やがて少しずつ身体の一部を動かし始める人々。マイクにつぶやきのような音声を載せる女性。人々は動き始め、精神療法医の女性を残して去る。マイクに向かって、医者は語り始める。

ヌンの家族のシーン。イス取りゲームのような動き。その中で家族関係の不和やトラブルのようなものが象徴されている。それでいて、動きはマイムやフィジカルシアターのようなユーモアを含む。それが最もよく現れるのは、食卓のシーン。皿やボールを出したり、しまったりのマジックのような動き。しかしそれは悲しい家族の諍いの表現なのだ。おかしくて笑ってしまうのだが、表現されていることの悲しさ。

貧困層に属するヌンの家庭は悲惨だ。アル中だった父親はすでに亡く、母親は狂ったヌンを愛さず、刑務所帰りの兄を溺愛する。兄はやくざまがいの商売をしているらしく家族にも暴君として振る舞う。三人の姉妹と友人ジムはヌンに比較的やさしい。セリフの上で語られる家族は悲惨だが、実際に俳優が演じる姿はやけにいとおしい人たちだ。末娘だと思うが、口がきけずぶつぶつとつぶやきながら家事をする妹の速足の仕草や、人生の辛酸をなめてしわしわになり、それでもどこかユーモラスな母親のキャラクターが特に印象的だ。

マイクによる精神療法医やヌンらの静かな、時には力強い語りとフィジカルシアター的な場面とが交互に入れ替わり続く。やがて母親が死ぬ。ヌンは50代の精神療法医に愛を告白するが、もちろん受け付けてはもらえない。ヌンの入院を許さない病院の対応に反対して、ヌンの家庭に深く関わった療法医だが、最終的には病院を去ることになる。ヌンの病状は変らない。ヌンは最後のシーンでは入院させられているようだ。

シーンの始まりや終わりの静止の映像がとても美しい。食卓の場面は「最後の晩餐」を想起してしまった。しかしそれにもまして、もっともこころに残ったのは、言葉の圧倒的な強度である。今回も舞台両端の字幕装置だったのだが、4列目ということでまだ読みやすかったこともあるが、字幕など見なくても、原語の持つ独特の強いリズムに、引き込まれるようだった。どこかのジャイビ氏のインタビューにさまざまな階層の言語が使用されているとあったはずなのだが、今見つからない。

言語の力という意味で心に残った場面が三つある。一つは母親の独白。残念ながらどんな場面だったか失念してしまったのだが、その詩的なリズム感が素晴らしかった。多分方言がまじった当地の言語なのであろう。

そして内容も含めてすごいなと思ったのは、ヌンが療法医に渡したラブレターを療法医が朗読する言葉。狂人として疎まれ差別され、多分見た目もぼろぼろで、確かに誰にも愛されないだろうと思われるヌンのある意味汚れた精神から、とても高潔な愛の言葉が沸き上っているのだ。天使の、あるいは神の言葉のような崇高さ。このギャップ。この矛盾。この真理。

そして、最後のシーン。入院しているヌンに療法医が再会し、さまざまな問いかけをするとヌンが答えていく。この叫びのような答えが続き、最後に「何になりたいのか」といった問いに対して「生者になりたい」と繰り返す終幕。あらゆる不合理や悲惨さの底から、それでも生きるものになりたいとの、奥底の叫びは、心を打たずにはいられなかった。

全く装置のない舞台上で、スタンドマイクと椅子とテーブルとだけで紡ぎ出される精神のドラマに圧倒された2時間半だった。

---------------------------------------------------
ファミリア・プロダクション『ジュヌンー狂気』
パークタワーホール 2005年3月18日(金)〜20日(日)
観劇日 3月18日(金) 19:30開演 G列
上演時間 約2時間25分程度(休憩なし)

原作:ネジア・ゼンニ『精神分裂病ディスクールの記録』
脚本: ジャリラ・バッカール
演出: ファーデル・ジャイビ
出演:ジャリラ・バッカール ファトゥマ・ベンサイデン モハンマドアリ・ベンジェマ  ケリン・ケフィ ナジュア・ジェンドゥビ バスマ・エラシ サルハ・ナサラウィ カイス・アウィディディ 

|

« 『ホテルグランドアジア』(アジア現代演劇コラボレーション・プロジェクト) | トップページ | フォルクスビューネ『終着駅アメリカ』 »

「演劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/15869/3350330

この記事へのトラックバック一覧です: ファミリア・プロダクション『ジュヌンー狂気』:

» ファミリア・プロダクション「ジュヌン 狂気」 [Wonderland]
 実在の若い統合失調症患者と女性精神療法医の15年に渡る対話の記録を題材に、家族の崩壊、貧困と虐待、アラブ社会の敗北、宗教的抑圧など、さまざまな社会的重圧によっ... [続きを読む]

受信: 2005/03/30 15:27

« 『ホテルグランドアジア』(アジア現代演劇コラボレーション・プロジェクト) | トップページ | フォルクスビューネ『終着駅アメリカ』 »