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2005/03/26

フォルクスビューネ『終着駅アメリカ』

またも速報のみ。いや、驚いた。テネシー・ウィリアムズの『欲望という名の電車』を、ここまでふざけたおしてくれるとは。折り込み解説にも書いてあったが、松尾スズキやケラの芝居のような、アナーキーで破壊的な笑いと苦味がある。違うのは、ベルリンなればこその苦味であること。上演時間2時間40分休憩なし。客席にトランプは飛ぶ、舞台に洗剤はばらまかれ、スケスケ下着は悩ましい。大仕掛けの趣向もあり、ここまでやってくれればかえってすがすがしい。まじめな西洋劇を観に来た人にはつらいだろう。途中で席を立つ人も。でもこれは大掛かりなドイツ統一批判ではないか。

(4月5日追記:ともさんが、コメントをたくさんつけてくれました。とても参考になります。コメント欄をぜひご覧ください。)

観劇日 3月25日(金) 19:00開演
上演時間 約2時間40分(休憩なし)

フォルクスビューネ『終着駅アメリカ』

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「演劇」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
ちょっとネタバレなのですが、今回の公演についてきいてみたいことがあります。
それはラストシーンのことなんですが、私が以前に見た初演(ベルリンではなく、ザルツブツグ演劇祭で。そのときは題名もしっかり「欲望という名の電車」でした)の公演では、舞台がどんどんせり上がって、最後には滑り台のように急傾斜になる演出でした。俳優たちは必死で傾斜を登ってくるのですが、次第に傾斜は60度ぐらいになり、みんな滑り落ちてしまいます。それでも全員、必死になって這い登ってくる姿に拍手喝采の観客席なのですが、ふと気がつくとブランチだけがいません。彼女だけ、とうとう滑り落ちたまま、登ってくることができなかった・・・ということに観客がはっとしたときに、舞台は幕を閉じる、という幕切れでした。
初演時はそんなラストシーンだったのですが、しのぶさんの演劇レビューなどを見ていますと、どうも傾斜舞台を使った場面が違っているようです。今回はどうだったのか、少し気になるので、教えてもらえると助かります。

投稿: とも | 2005/03/28 14:02

ともさん

はじめまして。コメントありがとうございます。初演をご覧になったのですか!? 素晴らしいですね。もう本日楽日でもありますし、ネタバレ質問にお答えしたいと思います。

舞台全体が前上がりに傾斜するシーンは、しのぶさんのお書きになっているミッチとブランチのシーンと、ともさんがお書きになったラストシーンと二回ありました。今回のラストシーンは、ともさんがお書きになっているのとほぼ同じですが、ちょっと違いもあります。またともさんがお書きになっていないだけかもしれませんが、まず、翻訳字幕以外に、舞台上方にドイツ語や英語を表示する字幕が二幕途中からあらわれ、スタンリーが調べてきたブランチの元の屋敷での行状が表示されたりするのですが、ラストシーンはここに、原作のト書きが表示されます。そのト書きの内容とは全く違うこと(つまり舞台が傾斜し皆が落ちて行く)が起こっているので、日本の観客は、いったい何が起こったの?ときょとんとした感じでした。ここでは確かにブランチだけは舞台袖には登ってきませんが、一階G列(真ん中くらい)の私からも、ブランチの頭や笑顔が見えたように思いましたので、二階、三階席の方にはブランチがどんな表情でいたかが見えたのではないでしょうか。上方の字幕のト書きは「幕が降りる!」を何回も繰り返して表示し、両サイドの翻訳字幕にもそれが反映しているので、観客はやっと終わりだということがわかり拍手を始めると、カーテンコールよろしく役者がひとりひとり顔を出して、挨拶します。ええと、この時ブランチが顔を出したかはちょっと記憶があいまいなのですが多分出してないかと。その後拍手なりやまず、傾斜していた舞台は元に戻ってきます。そこでブランチも含めた役者全員で通常のコールを二回受け、終幕となりました。

しのぶさんも書いていますが、翻訳字幕のタイミングの不手際などがかなりありましたが、ホントに度肝を抜かれた、って感じで気持ち良かったです。ちょっと長かったのは疲れましたが。こんな感じでよろしいでしょうか。

外人さんらしき人がかなり受けてました。やはり本国の初演では大受けだったんでしょうか。あきれて帰る人はいましたか? 初演の様子などもう少しだけ教えていただけると幸いです。

投稿: BP | 2005/03/28 22:29

ちょっと訂正です。上方の字幕は最初からずっとあって、ト書きを表示していました。二幕途中で、スタンリーが、ステラに、「これを読め!」と明示するので、にわかに脚光を浴びるというか、前景化するので勘違いしました。失礼。

投稿: BP | 2005/03/28 23:22

お返事、どうもありがとうございます!
どうやら、ラストシーンは初演とほぼ同じ演出だったようですね。ミッチとブランチのシーンでのせり上がりは、初演ではなかったように記憶しています(ラスト1回きりのせり上がりなので、かなり驚いたように思います)。それから、字幕の表示される電光掲示板は、1幕からずっとありました。もともとはドイツ語圏での上演ですので、初演時は英語字幕だけだったと思います。字幕が舞台上の現実を「裏切る」演出は、初演を見た時点でもかなり強烈なイメージで、さすがはカストルフだな、と思いました。きっちりブレヒトの異化効果を狙っているわけですね。
初演時の印象は、やはりかなりの賛否両論だったと思います。もともとザルツブルク音楽祭は、ヨーロッパ保守派の最後の砦とも言われるほど、保守的なものでした。それが、スイスのマルターラーや若手のステファン・バッハマン、ベルギーの前衛ルク・パーシバルなど、最後にはカストルフまでが劇場にお目見えするようになり、それだけでもかなりスキャンダラスな状況を生み出していました。
ランドス・テアータというこじんまりとした、しかし格式高い劇場で初演が行われたものですから、かなり観客席に当惑が見られたと思います。この手の劇場にいく場合は、基本的には正装、ドレスアップが必要なのですが、演出が演出ですから、観客たちはどうも「場違いだなあ」という顔でした。なかには正統派テネシー・ウィリアムズを見せておきたかったのか、小学生ぐらいの娘さんをつれてきた母親もいました。途中、バスルームでミッチが裸になるシーンがあり、その子が目を白黒させながら、しきりに母親に「こんなのあり?」みたいなことを聞いていたのが笑えました。母親は半分あきらめ顔で、最後には一緒に笑っていましたが・・・
もちろん、途中でブツブツいいながら出て行くお客さんもいました。ちょうどポーカーをしている場面(ジャズ風の歌と生演奏をはじめるあたりです)に派手な出入りがあったので(遅れてきた人と出て行く人がすれ違ったのです)、俳優たちが「さようなら、そしてこんにちは」みたいなことを舞台上から声を掛けていたのがまた、大うけでした。
結局、カーテンコールにはかなり盛大な拍手が(もちろんブーイングも)起こっていましたが、これはカストルフの意図に共感を覚えた、というよりは、わざわざベルリンからこの古い街へようこそ、そしてご苦労様、というような意味だったようにも思えます(これはルク・パーシバルの公演のときもそうでしたが、どうやらこの街の人々は、自分の理解を超えたものに対しては、とりあえず暖かく笑ってやり過ごす、という傾向があるようです)。たぶん、ベルリンの観客たちは、まったく違う反応をしたのだと思いますが・・・
こんなかんじで、初演の雰囲気がすこし伝わったでしょうか?

(そういえば、去年のザルツブルク音楽祭では、カストルフの新作「コカイン」が上演されたようです。この作品はカストルフの作品中でもかなり硬派なものなので、観客の反応は「欲望という名の電車」とはまた違ったものだったと思います。・・・彼の他の作品も続いて来日するといいですね)

投稿: とも | 2005/03/29 16:29

ともさん、さっそく初演の様子、詳しく教えていただいてありがとうございます。小学生を連れたお母さんのエピソード特に面白かったです。日本でもありがちな失敗という感じで。全体にザルツブルグならではの反応というものがよくわかりました。ありがとうございました!

投稿: BP | 2005/03/30 00:16

こんばんはー。私のレビューを読んでくださって、しかも話題にしてくださってありがとうございます。遅ればせながらお邪魔致します。
私は2階席の最後列だったので(涙)、ラストシーンのブランチは見えまくりでした。皆の一番後ろにいましたが、ずっと笑ってましたよ。
ドイツでも賛否両論、というか、刺激的な作品なんですね。私が観に行った回は雰囲気的に大好評のようでした。すごい拍手でしたし、笑いもいっぱい起こってました。途中で席を立たれた方は2階席で一人いらっしゃいましたけど。そういうポジティブな観客を生み出す劇場空間はとても楽しかったです(寝てたくせに)。演劇の世界は広く、寛大だと思いました。

投稿: しのぶ | 2005/03/31 00:19

しのぶさん

コメントありがとうございます!さんざん話題にしておいてご挨拶なしですみませんでした。遅ればせながらトラックバックしました。2階からはやはりブランチ丸見えでしたか。しかもやはり笑っていたと!本当にすがすがしく徹底して解体してくれたというか、それでいてベルリンの人には意味深いのでしょうね。今年の東京国際芸術祭、来日部門は個人的に大当たりでした。

元記事はたいしたことなかったのに、ともさんがコメントしてくれたおかげでなかなかのエントリーになりました。感謝、感謝です。

投稿: BP | 2005/04/01 01:49

こんにちは。
しのぶさんのお返事も読むことができ(しのぶさんのページにコメント欄が発見できなかったので、直接ご挨拶することができなかったのです。ゴメンなさい)、久しぶりに楽しくお話しすることができた気分です。
『終着駅アメリカ』に関するネット上のさまざまな意見・感想も日増しに増えているようで、興味は尽きません。

ところでこれはある人の感想なのですが、今回の公演が果たして資本主義社会に対する本当の意味での弾劾になりえていたか、という趣旨の意見をネット上にみつけることができました。
この問いは、実は初演を見たときに私自身が感じたことでもあるのです。実を申しますと、私がこの公演を最初に見たときは、正直なところ当惑のほうが先に立ち(やはり相当に壊していますから)、ピンとこなかったというのが本当なのです。ただ、かなり後になってからジワジワと立ち上がってくるものがあり、今だにこうしてああでもない、こうでもない、と記憶の中をさぐりながら考え続けている自分に気がつきます。
上の問いに際してしばらく考えてみたのですが、ふと、舞台上の「映像」というカストルフの手法が、あるいは東ベルリン人のみた「西」(あるいは「アメリカ」)の記憶と深く結びついているのでは、と思い当たりました。最近のカストルフの演出は(おそらくこの『終着駅アメリカ』の前後からだと思いますが)、舞台上にカメラを導入し、映像と舞台上の現実が同時に進行する、というスタイルを頻繁に用いるのです。(たとえば近作『コカイン』では、上演時間の3分の2程度が舞台中央に作られた密室の中での「映像」であり、さらにその生中継で映写される映像に編集されたVTRが挿入されるので、観客は何が現実なのかまったくわからなくなります。最後には映写幕に映った俳優の「影」だけが、本当に信じられるものに感じられるという、異常な演出でした)
このことは、東ドイツ・旧共産圏の崩壊にあたって、TVによって放送・受信された西側諸国の生活の映像が大きな役割を果たした、という記憶を反映しているのではないでしょうか。彼らがかつて夢見た「西」=資本主義世界のイメージは、TVの映像から流れてくる華麗なイメージだったのだと思います。それが、統合後に実際に東ベルリン人たちがみた現実の世界は、そうした映像の中の世界とは違って過酷で厳しく、貧しい世界に他ならなかった。そうした「映像」というメディアに対する不信感が、一種の毒となって表れているような気がするのです。
この『終着駅アメリカ』においては、登場人物たちはみな、典型的な米国産の映画やテレビドラマに出てくるイメージを身にまとっています。彼らの中身は旧「東」ベルリン人そのものなのですが、その外側はドイツ統一という状況下で、誰もがいやおうなく「西」(=資本主義)の論理を身にまとわざるをえない。しかも、そこにはかつてのイメージと現実の生活とのギャップがある。そうしたズレを、カストルフは撃とうとしたのではないか、と思うのです。
こうして考えてみると、カストルフが標的にしたものは「資本主義の是非」などではなく、かつて自分たちの抱いていた「西」への幻想を捨てきれず、かといって西ベルリン人と同等には生きていくことができない自分たち=旧東ベルリン人たちの現状(西ベルリン人は、ときに東ベルリン人を「二級市民」と言い表すことがあるそうです)そのものだったのではないか、と思います。・・・結局、カストルフの「黒い」笑いは、一見すると、こっぴどく他人を笑いのめしているようでいて、実は厳しく自分自身の身を斬るような笑いなのかもしれませんね。

投稿: とも | 2005/04/02 01:57

ともさん

年度がわりで忙しく、遅くなってしまいましたが、ご意見ありがとうございました。旧東ベルリン人そのものを撃っているのではないか、とのご意見、非常にうなづけるものがあります。私自身は、うすっぺらいステレオタイプのアメリカが、全世界に広がっていく、グローバリズムの安易さというかこっけいさというか、そんなものを表現しているのかなあ、とぼんやり思っていましたが、黒い笑いで自分自身の身を斬っている、そう考えるとあらためてすごいな、と思います。

最近作の映像使用についても教えていただいてありがとうございます。いろいろと興味深いです。

投稿: BP | 2005/04/05 17:11

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