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2005/02/15

『Shakespeare's R&J』(パルコ劇場)

昨年のクリスマスもそうだったが、バレンタインもまた男の役者だけの芝居を観てしまった。恋人たちの夜に色気がない運命か。まあ、役者さん目当てで来ていた女性たちにとっては色気のある夜だったといえるのかな。

観劇日 2月14日(月) 19:00開演 B列中央ブロック
上演時間 約2時間15分
(一幕70分休憩15分二幕50分)

厳格なカソリックの全寮制学校の男子高校生が夜中にこっそりと禁止されたシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』のリーディングを楽しみ、ついには興にのって野外で演じ始める、というのがチラシなどに書かれているストーリーである。1998年にオフブロードウェイで上演された作品だとのこと。

実際舞台には椅子とチェストの他何もなく、4人の俳優は男子高校生のいでたちだ。内容はほとんど『ロミオとジュリエット』の朗読劇に費やされており、「厳格な男子カソリック全寮校」という前提は、、朗読に入る以前の授業風景を暗示する短いアクトの中に暗示されているに過ぎない。

あくまでも男子高校生が朗読している、という前提は消えないので、ときどき本をのぞき込んだり、ト書きが読まれたり、役柄を忘れた友達をうながしたり、という動作が入ってくる。男子高校生がシェイクスピア劇を演じることによって心理的に開放されていく、という過程と『ロミオとジュリエット』そのものの劇的展開が二重構造になっている、ということなのだと思う。

が、高校生たちの物語が、あまり読み取れない。観る前には、4人の高校生個々人のキャラクターや抱える問題、互いの人間関係が浮かび上がってくるものではないかとひそかに期待していたのだが、なんとなく物語が読み取れそうで読み取れない程度のうっすらとしたもの。そして朗読劇になっているために当然『ロミオとジュリエット』自体は縮小版でインパクトは軽くなる。(今、気がついたが、「脚色・演出」家はクレジットされているが原作はあくまでもシェイクスピアということなのだ。つまりシェイクスピアの脚色劇だったのだな。)

もしかしたら背後にあるのではないかと推測されるゲイシアターの背景や、英語戯曲の言葉にもう少し取り合わせの妙が隠れていたのかもしれないが、それらも実感がわかない。

バレエダンサーである首藤康之をはじめとして、俳優陣の演技力に疑問を投げかける向きもあるようだが、問題はむしろこの脚色法自体にあるという気がする。確かに首藤氏は若干セリフ回しが弱い気もするが、小林や佐藤はよくやっており、少なくとも佐藤がジュリエットを演じて、違和感がないくらいには作り込まれていたと思う。

演出も照明などの効果が繊細でよく考えられた演出。でも何かが足りない。響いてくるものがない。観客のシェイクスピア劇についての知識の不足? 役者の演技力がもっと高度でなければダメ? 日本語のわからない外国人演出家の問題? 様々な疑問を感じる舞台だった。

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Shakespeare's R&J
パルコ劇場 2005年2月1日(火)〜20日(日)
観劇日 2月14日(月) 19:00開演 B列中央ブロック
上演時間 約2時間15分

脚色・演出 JOE CALARCO
翻訳 松岡和子
出演 首藤康之 佐藤隆太 小林高鹿 浦井健治

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コメント

こんにちは。お久しぶりです。劇場ではどうも。

出演者に愛があるので(笑)、このお芝居をみるキッカケにはなりましたが、
私は「R&J」ハマりました。リピート中です。

ご指摘の初見でのわかりにくさ、と言うのはおっしゃるとおりだとおもいます。
このお芝居、パンフレットによるとものすごい制約が2重にかかってますねえ。
①オリジナルのセリフを極力許さない(セリフは沙翁またはト書き)
②ゲイの物語にはしない

・・・・それなのにカソリックの寄宿舎での男4人での設定って、カラルコさん、マゾですか。

しかも演じている学生側の具体的な場面状況を説明しない(!)ので、たとえば、夜中の庭に繰り出して4人で本を読んでいるところとか、3人で寄宿舎の部屋で演じているところに、4人目が乳母として外から参加してくる、その場面が彼らの学生生活の状況と、R&Jでの物語の場面でのシンクロなど、何回か観ないと気づきにくいです。

ただ、二重の制約や、場面転換の直接的な情報の少なさなどのわかりにくさを超えて、一番面白いのは、言葉での表現と、所作(身体)での表現が独立しているところで、この2層の表現が重なる時、重ならない時のふり幅が、演じている学生たちの気持ちや関係を読ませてくるんじゃないかとおもいます。

身体表現とセリフでの表現の隙を突き、そこに生ずる多層的な場面のカラフルさがリピートの要因でしょうか。音響、照明、美術もそこを押さえたいい効果をあげているし。

沙翁になじみのないことや翻訳劇だということもハンデになるとは思いますが、
この演出家の作品がもっと日本でも紹介されるようになればいいなあとおもいます。

投稿: fouette | 2005/02/15 16:04

こんにちは。
昨日は劇場にいらしていたそうで、ご挨拶できず残念でした。

さっそくのコメントありがとうございます。
なるほど、非常に繊細なかたちで、二重性が示されているということで、それを読み取ること自体に快楽があり、この芝居の魅力もあるということでしょうか。ご指摘ありがとうございます。

確かにど真ん中の席で見た舞台はチェス板のようにも見え、とても美しかったです。あの赤くて長い布(なんていうの?)を使っていく方法も洗練されていましたね。

リンク先はあなたが主催されているサイトでしょうか。かっこいいですね。

投稿: BP | 2005/02/15 16:43

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