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2005/01/07

野田地図第10 回公演・走れメルス(3回目)

3回目の観劇。一階後方列から。確かに遠いとセリフが前の席より聞き取りにくい。長期公演の疲れか、カミ、トチリが多くなったのも残念。しかし遠い席から観ると、深津絵里の存在感はきわだつ。圧倒的。向こう岸を思うセリフで不覚にも涙が出た。他のどんな劇作にも見いだせない鏡合わせの劇構造。言葉が言葉に届かないもどかしさを感じつつ、次第に憧れと絶望は加速し、両岸に火が点くに及んで、二つの世界は激しくフラッシュし、交錯する。ついに意味を追うことをあきらめ、体が熱くなるに任せた。【携帯更新】

小西さんの声が嗄れ始めていたのが心配。深津さんはリンゴをテントの後ろにほうり投げるのがうまくいかず、二回目はやりなおしていた。に比べて古田・野田両氏は元気である。ただしこの回では「桐嶋洋子」の「あんたたちはいまから小学生~」のギャグを「小学校」といってしまい、「こういうのはかんだら面白くないから」と笑いをとってごまかしていた。

勘太郎君のたくましい肢体が、伸びやかに物干し台で手を伸ばしてちゅうぶらりんになる姿が印象的だ。小松さんも遠くから見ると際立って演技が映える。近くで見た時に見上げるようになって迫力があった、メルスと零子の戦艦のシーンはそれほどでもなく感じる。この距離から観るとかわりに、映像がいかにうまく使われているかに気づく。

「オイル」でも一部映像を使っていたが、これだけ本格的に映像を使う演出は野田氏としては初めてだろう。他の劇団でも多くなっているが、この劇場はテクノロジーが使えるから使っちゃおう、という感じが多い(特に世田谷パブリックシアターは設備が完備されているのではないか?)。サイモン・マクバーニーの影響もあるだろう。しかしこの芝居では、メルスと零子の「むこう岸」はまさに実体のない「映像メディア」の世界。

深津さんがどこかで、非常に切ない芝居である、といっていたのが思い出される。「物語」を求めながら日常の現実の中にいつのまにか年を重ねてしまう女性の悲しさ。愛を手に入れたくて「おさと」に火をつけて「物語」を消費し尽くさずにはいられなくなるスルメ。どうしても自分の実体を見つけることができず、現実界にわたってみれば、自分自身がいなくなってしまい力を失うメルス(メルスが抱いているネコが零子だと考えて良いのだろう)。お互いの求める相手に出会い、不思議な回文が解けたのにもかかわらず。「わたし知ってるわ。メルスなんて本当はいないのよ。」「おとーちゃん」もいないし「おさと」もない世界。父性も母性もない。

最終部の大地主のセリフをどうとらえればいいのだろう。物語は失われ、現実も失われても、またその断片を拾い直して実らない物語を作っていくのが人間だということだろうか。それを虚しい行為と考えるか、それしかない、そこにしか希望はないと考えるか。多分両方なのだろう。

1度目の感想記事はこちら
2度目の感想記事はこちら

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野田地図第10回公演 走れメルス ー少女の唇からダイナマイト!】
シアター・コクーン 12月3日(金)〜1月30日(日) 上演時間1時間50分(休憩なし)
(観劇日 1月7日(金)S席O列左ブロック 9000円)
作・演出・出演 野田秀樹
出演 小西真奈美 深津絵里 中村勘太郎 河原雅彦 古田新太 
小松和重 浅野和之 松村武 腹筋善之介 六角慎司 櫻井章喜 峯村リエ 濱田マリ 池谷のぶえ

美術 加藤ちか
照明 小川幾雄
衣装 ひびのこづえ 
選曲・効果 高都幸男
映像 奥秀太郎
ヘアメイク 河村陽子
舞台監督 瀬崎将孝
プロデューサー 北村明子

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